函館港イルミナシオン映画祭について
すべてを変えるために始めたこと・・・
今年の映画祭は五稜郭にある函館市芸術ホールでのプレ上映「氷雪の門」から始まった。1974年(昭和49年)に制作され、一度は上映になったものの、当時のソ連大使館の抗議により急遽上映が中止となり、完成から36年の歳月を経ての公開という。信じられないくらいの時間を眠り続けて来たフィルムが再び産声を上げた。戦火の中で最後まで通信連絡を取った樺太(サハリン)真岡郵便局電話交換手9人の乙女の悲劇が、平和の尊さを我々に投げかける。この映画の上映決定が、今年の映画祭の方向性の一つを決めた。
映画祭の上映会場が西部地区から北へ向かったのは初めてのこと。函館の街は扇形に広がっている地形。人口の移動もそれに伴って北に向かってどんどん広がりを見せている。このことは我々の活動のテーマの一つとなっていた。12月の3日間の本祭の他にも、映画祭がフィルムを持って市内各所に出前をしたらどうか、市民の側に出向いて、まず一緒に映画を観ることから始めようと・・・。
今年から函館山展望台クレモナホール、赤レンガ倉庫・金森ホール、そして函館市地域交流まちづくりセンターの3つの会場をフルに稼働させ、その特性を生かしたプログラムが組めるように幾度となく会議を重ねた。
今年のスタートは早かったように思う。若松孝二監督特集と瀬々敬久監督の「ヘブンズストーリー」は8月の段階でほぼ決定した。今年のプログラムは早めに決まるかのように見えたが、ここから番組制作班の苦労が始まった。リストアップされた作品は優に50本は超える。ここで全て紹介したいところだ。どの作品も切り捨てるには惜しい作品ばかりだった。時間と予算があれば1本でも多く上映したいところだ。
そんな中、「空の穴」「ノン子36歳(家事手伝い)」でお呼びした熊切和嘉監督が函館市民のみなさんと交流を持ち映画「海炭市叙景」を完成させた。評判も上々で実に喜ばしいことだ。製作にあたった皆さんに心から拍手を送りたい。函館市民の中に映画を創ることが特別なことではなく、生活の何処かに映画が存在しているそんな環境を個々に持てたらどんなに素晴らしいことだろう。その気運が高まれば、廃校となった学校を使用した撮影所併設の映画学校が可能になるかもしれない。そんな夢を持ち続けながら函館に於ける映画環境、そして映画祭も“すべてを変えるために始めること”が大きな宿題として我々の目の前にある。ここから更に一歩進めて行きたい。
映画祭が、16回目を向かえることが出来たのも支援してくれている多くの方々のお陰である。ただただ全ての人に感謝するのみである。
函館港イルミナシオン映画祭実行委員会
実行委員長 米田哲平
|